ゴールデンカムイの実写映画が公開されてから少し日が経ちましたので、映画を観ての感想などを書こうと思います。
いつも通り、何の根拠もないことを自問自答しているだけの私見まみれな感想です。
そして異常に長いです。
映画まだ観てないんだよね~という方は、ぜひ映画をご覧になってからお進みください。
※原作の結末までのネタバレを含みます。原作未読の方はどうぞ閲覧ご注意ください。
こういう言い方すると語弊があるかもしれないんですが、映画は「万人に受けるように」ではなく「ゴールデンカムイファン(制作者側の人たち含め)が納得できるように」作られていた気がします。
ゴールデンカムイはとにかく原作が素晴らしいので、ファンが納得する映画であれば初めてこの作品に触れた人にもそれが必ず伝わるはず。
原作へのリスペクトはとにかくすさまじく、ゴールデンカムイファンであればその想いの強さがいかほどのものか、映画を観ればわかるのではないでしょうか。
映画は原作通りじゃないところもありましたが、理由が想像できない改変はなかったし、逆に映画だからできたこともあったように思います。
冒頭の二百三高地の戦いは、原作の数ページからかなりボリュームアップしていました。
戦争の場面を見るのは辛いですが、ゴールデンカムイは「この戦いを生き残った者たちの物語」ですから、ここは避けては通れません。
原作ではおなじみの極限状態での唇のカサカサ具合までちゃんと再現されていて、戦場の苛酷さが見て取れます。
戦場での杉元は人を殺すことに全く躊躇がないですね。
周りの兵士が手を抜いてる感じはなかったけど、杉元だけ明らかに動きが違う。
確かにこれなら遠目でも「鬼神のごとき壮烈な戦いぶり」とわかりそうです(鶴見さん談)。
爆発の衝撃か、または爆風で飛んできた何かで顔に傷を負った杉元。
・・・どれも刀傷じゃなかったですね。
この描写がなかったら多分ずっと刀傷だと言い張ってました。
いやはやお恥ずかしい。
実写映画のおかげで答え合わせができました。
戦場では感情むき出しで戦っていた杉元ですが、北海道に舞台が移ってからはスイッチオフ。
「腹の中」で「戦場では自分を壊さないと戦えない」って言っていましたが、この頃は戦うスイッチ以外は壊れたまんま放置されていたようです。
賢人くんの杉元、思ってたのと全然違いました。
なんかもっと「杉元であることをがんばってる」感じを想像してたんですけど、拍子抜けするくらい自然体。
しかしこの「自然に見える」域まで持っていくことがどれほど大変なことか、大人になった今ならわかります。
山﨑賢人さんの杉元どうでした?と聞かれたら、答えは「大先生(野田先生)の手本を師匠(賢人くん)が一度かみ砕いて下々のもの(私)に理解できるように図解して見せてくれた」です。
賢人くんの杉元は「不要な装飾一切なし」だったので、「なるほど!」とか「そういうことか・・・」という発見がたくさんありました。
映画の杉元は賢人くんひとりで作り上げたものではないのかもしれないけど、それをこうやって表現できる山﨑賢人さんはやっぱりすごい役者さんだと思います。
何も知らないくせにああだこうだ文句言うヤツいるし(私)、色々なご苦労があったことと思いますが、映画の中にいたのは、「杉元を演じる山﨑賢人」ではなく「杉元本人」でした。
映画行く前にビジュアルブック見た時は「賢人くんだな」と思ってたんですけど、帰ってからもう一度見たら全部杉元に見えました。
これに関しては弁解の余地なし。
山﨑賢人さんには心から謝罪したい。
賢人くんの杉元を観て、杉元の内面の解像度が格段に上がりました。
アシㇼパさん役の山田杏奈さん、よくぞこの時代に生まれてきてくれました。
すごく美人さんでかわいらしいのに、たまに少年のような表情をする時もあったりして、性別も年齢も不詳なところがアシㇼパさんの印象そのままでした。
映画の中ではっきりと年齢が明かされることはなかったですが、「アイヌの子ども」と称されていたので、子ども設定ではあるようです。
といってもまぁ16、7歳くらいの感覚でしょうか。
幼少期のアシㇼパさんを演じた浅田芭路さん(10歳)、とってもかわいらしくて正に小さいアシㇼパさんでした。
原作のアシㇼパさんが12歳くらいとすると年齢は近いですが、実際に観て、やっぱり子役にアシㇼパさんを演ってもらわなくて正解だったと思いました。
もちろん浅田さんがどうこうという意味ではなく、なんか・・・教育上良くない気がする。
原作のアシㇼパさんは子どもながらに大人びた言動をしますが、杏奈ちゃんはそんなアシㇼパさんの子どもらしい一面を見せてくれたように思います。
ちょっとした表情や言い方から、アシㇼパさんが考えていることが自然と伝わってきました。
最初ちょっと舌足らずな話し方に感じたので、もしかして寒さで口が回らないのかな?と思ったんですが、杉元がアシㇼパさんの名前を初めて口にした時も少し言いよどんでいたので、不慣れな日本語だからとか、まだ子どもだからとかの理由でわざとそうしていたのかもしれません。
そういうちょっとした違和感みたいなものも含めて、「アシㇼパさん」ってこんな感じなのかもな、と私には思えました。
野田先生がおっしゃる通り、動物も大丈夫でした。
写真で観た時はヒグマ意外とかわいいなと思ったけど、動いてるとやっぱり怖い。
レタラはレタラでしたね!
眼光が鋭くてめちゃくちゃイケメン。
アシㇼパさんを助けに登場した時、杉元のことを踏み台にしていたのもとても良かったです。(「踏み台にしていた」←「飛び越えていた」かも。失礼いたしました。)
倒したヒグマの下から引っ張りだしてもらうシーン、映画ではふたりの心情がわかるように、そしてドラマチックに描かれていました。
なぜか映画観ている間ずっと涙目だったんですけど、ここは特にヤバかった。
大切なものを失って止まっていたふたりの感情が動きだした瞬間が見れたからってのもあるんですが、手をつないだ画を観たらこの後ふたりに起こるあれやこれやが脳裏を駆けめぐっちゃいましてね・・・。
私なりの感動ポイントを書こうと思ったんですが、妄想が過ぎてもはや感想でもなんでもないシロモノになりそうだったので、うまくまとまったら改めて書こうと思います。
とにかく良いシーンでした。
出会って早々に相棒になったふたり。
ここからも妄想過多なのでスルー推奨なのですが、もしかしたらこの時からふたりの「相棒」の認識は微妙に違っていたのかもしれません。
杉元は「手を汚すのは相棒である自分がやる」、アシㇼパさんは「自分は人を殺したくないから相棒のお前も殺すな」。
私はどちらかというと杉元の考え方に近くて、相棒といえどもそれぞれ得意分野が違うんだから適材適所で足りない部分を補い合えばいいと思うんですけど、アシㇼパさんはなんでも一緒なのが相棒だ、と思っていたようです。
最初は利害の一致で相棒契約を結んだふたりですが、共に過ごすうちに杉元はアシㇼパさんに自分と同じところに落ちてほしくないし、アシㇼパさんはどこまでも杉元と一緒にいたいという気持ちが強くなってきます。
相手を想う気持ちが、この時のズレを大きくしていったのかも・・・。
映画では原作ともアニメとも違う相棒っぽい手のつなぎ方をしていました。
私は原作の絡みつくようなつなぎ方が大好きなんですけど、映画ではアシㇼパさんの見た目年齢が上がっていることもあり、原作より相棒色が増しそうな気がしました。
尾形みたいな目(と眉)の人見たことないんで、これ実写で表現できるのかなと思ってましたが、ちゃんと尾形でした。
銃の扱い方には色気があるし、木に刺した銃剣の取り方も文句なし。
尾形との初戦、杉元は戦場でのやみくもに人を殺す鬼神モードとは全然違う、制圧するような戦い方をしていました。
しかし相手は陸軍最強北鎮部隊。
尾形は杉元にとっても手に負えない相手だったようです。
「川に落ちる」シーンは「岩に横たわる」に変わっていましたが、これはこのすぐ後に杉元と白石が川に落ちるから展開が被らないようにでしょうか。
10分で死ぬという冷たい川(要約)に意識のない状態で落ちても生きてたの、尾形のしぶとさが表現できていいとは思いますが、やっぱり現実的ではない、ということになったのかもしれません。
「ふじみ」を鶴見さんの手に書いて伝えたのは、尾形と鶴見さんの距離感を示唆するようでめちゃくちゃエモい改変でした・・・。
ゴールデンカムイ好きの知り合いと映画を観ていたら、絶対顔を見合わせていました。
キャストが発表になった時の写真から、映画ではオールバックの尾形が観れるかなと思ってましたが、それは次回のお楽しみのようですね。
矢本さんの白石の何がいいって、「ゴールデンカムイ好き」「白石大好き」がガンガン伝わってきたことです。
やっぱり「お前らの好きな白石はこれだろ?」より「俺の好きな白石はこれ!」を見せてもらった方が断然萌える。
ゴールデンカムイにはいわゆる「ギャグシーン」と呼ばれる場面がありますが、彼らはいつだって「笑わせよう」としているわけではないと思います。
本人たちはいたって真面目。
杉元と白石が川に落ちてわちゃわちゃするシーンなんかもそのひとつですが、こういう場面って映画化する時に「ここおもしろいでしょ」ってデフォルメされることがあるけど、そういう「狙った」感じは全くありませんでした。
ゴールデンカムイはそのままでおもしろいので、余計なことしないでくれるの、本当にありがたい。
杉元が「俺は不死身の杉元だ!」という場面は映画の中で何度か出てきますが、私が一番良かったなと思ったのが、この時のちょっと早口な「俺は不死身の杉元だッ」です。
こういう決め台詞的なものって、言うの本当に難しいと思います。
観ている人の頭の中にそれぞれの言い方があるだろうし、アニメの小林さんのイメージもある。
わざとらしくなってもいけないし、気負い過ぎても白けちゃう。
でも賢人くんの「俺は不死身の杉元だ!」はどれもその場にふさわしく、杉元の心の声として聞こえました。
私が原作を読む時は、要所要所で賢人くんの杉元の言い方で再生されると思います。
白石同様、自分のキャラを楽しそうに演じてらっしゃるとお見受けしたのが牛山さんです。
原作初出の時は不気味な強面キャラだと思ってたんですが、映画では最初からチンポ先生でした。
連載中の早い段階で映画化していたらこの牛山さんは観れなかったかもしれません。
それにしても牛山さん、重量感のある良い身体してました。
そしてめっちゃグラマーでした。
役ヘの思い入れの強さを感じたのが土方さん役の舘ひろしさん。
声もいいしオーラもあって見た目も所作も違うところを見つけるのが難しいくらい似ていました。
でも誤解を恐れずに言いますと、私が思っていた土方さんとはちょっと印象が違いました。
違うと言ってもネガティブな意味ではありません。
私は歴史オンチなので土方さんと言えばゴールデンカムイの土方さんですが、映画の土方さんが「舘さんの中で生きていた本物の土方さん」に思えたからです。
自分の妄想がひとりよがりなことは自覚していましたが、本物の土方さんを観てカルチャーショックを受けました。
自分の中の土方さんの大幅な軌道修正が行われそうです。
逆に歴史上に実在はしていないのに「本当にいた!やっと会えた!」と感動してしまったのがフチ。
なんですかね、この包み込むような懐かしいような不思議なオーラは。
ここも私にとっては涙腺ゆるゆるポイントで、隣に座ってた人、「え、なんでこの人ここで急に鼻すすった?」ってびっくりしたと思います。
なんかフチが自分に向かって話しかけてくれているような気がしちゃったんですよね・・・。
和人に良い印象はないだろうに、戦争で全てを失い、帰る故郷がない自分をこんな温かく迎え入れてもらったら、杉元がアイヌの人のこと好きになっちゃう気持ちわかります。
私は聖地巡礼に行った先で何度かチセを見たことがあるんですが、それらはあくまで展示物。
実際のコタンも人が生活しているチセの内装を見るのも初めてでした。
これは映画でしか見れない貴重な映像。
円盤が発売されたら細部までじっくりチェックします!
キサラリのシーン、今回はなかったですね。
これがあるかないかはニセアイヌエピソードの有無にかかわってくるので、次回コタンを訪問した際にはぜひ使い方の正解をご教授いただきたいと思います。
・・・ニセアイヌ、やってくれるといいなぁ。
オソマちゃん、杉元のことをジロジロ見ながら周りをウロウロしていましたが、結局「シンナキサラ」は言わずじまい。
心の中で「言わないんかい!」ってツッコんだの、私だけではないはずです。
オソマちゃんが「シンナキサラ」と言わなかった理由を考えてみたのですが、これ言っちゃうとアシㇼパさんが自分の耳を見せなくてはいけないからでしょうか。
だからそこにはあえて触れず、原作勢の脳内再生に委ねられた、のではないかと思います。
フチが最後に杉元に言うセリフに字幕がないのも原作通り。
「書かないことで伝えられることってあるんだな」と原作を読んだ時びっくりしたことを思い出しました。
野田先生って本当にすごい。
どこまで映像化できるか心配だったのが、杉元がヒグマの巣穴に飛び込んだ後のシーンです。
ここがグロくて苦手というご意見、私のところにもいくつか届いております。
確かに玉井伍長の顔がはがれちゃうところは私も最初読んだ時うわーって思ったんですけど、今となってはこれがないと物足りないし、ヒグマの一撃を食らったらどうなるか正確に描写されている場面でもあります。
映画ではこの場面を「ヒグマの巣穴にいる杉元視点」にすることで引き気味でも違和感なく、そして視界を狭くすることでグロいシーンが苦手な人の負担を半減させていました。
個人的には野間さんのナイスファイトが最後まで見れなかったのが残念だったけど、玉井伍長の描写は遠目ながらちゃんと描かれていて、ここは各方面への配慮が感じられたシーンでした。
ところで玉井伍長が「もういい、撃とう撃とう」と言った時、会場からクスクス笑い声が聞こえたんですが、これはどの会場でも起こった現象でしょうか?
谷垣は初出の時のスリムな印象そのままでした。
声とか雰囲気が谷垣で、そして「こんな時もあったなぁ」ととても懐かしく感じました。
大谷さん43歳なのに20代の谷垣って言われてもあんまり違和感なかったし、むしろ年の功で包容力がプラスされた気がします。
私は今のままでもいいと思うけど、野田先生がご所望なら仕方ない。
ムチムチを目指してごはんをいっぱい食べてください!
そして本作のダークホース、二階堂。
「原作に忠実に」というセオリーをぶち破り、原作を越えてきたキャラクター。
二階堂って洋平を失ったショックとモルヒネのせいでおかしくなったんだと思ってたんですけど、二人そろってた時から様子がおかしかったですね。
瀕死の尾形を見てニヤニヤしてるし、捕らえた杉元のことを命令に反して殺そうとするし、とにかくイカレてる。
馬そりの上で銃剣を構える姿勢とか絶妙に気持ち悪くて(ほめてます)、最後雪の壁にぶつかって吹っ飛んでいってしまったのも最高でした。
ゴールデンカムイの歴史に残る鮮烈な映画デビューだったと思います。
馬そりでの戦いはクライマックスとしてかなり肉付けされていましたが、これは「第七師団」の実力を見せつける場面でもあったのかなと思いました。
不死身の杉元と互角の戦いをする月島と二階堂。
月島はこの時はまだたくさんいる兵士のひとりでしかありませんでしたが、和田大尉の頭をぶち抜く時も、杉元と戦っている時も、無表情で淡々と職務をこなしていました。
その様子は、身長が気にならないくらい月島でした。
兵士ひとりひとりの能力がこんなに高い第七師団が相手とは、金塊を探す道のりは簡単ではなさそうです。
ところで月島は・・・「はい」以外のセリフありましたっけ?
そんな第七師団を率いる鶴見さん。
「殺すぞ」って言う人は殺さないって聞いたことありますが、本当に怖いのは予告しないで刺すタイプ。
映画の鶴見さんが正にそれでした。
原作の鶴見さんとアニメの鶴見さんに玉木宏さんを足して割らない、360度どっから見ても鶴見さん。
足りないところがあったとすれば、「団子のたれ」でしょうか。
落馬からのダッシュもお見事でした。
まさかこれをこの目で見れる日が来るとは!
杉元が師団に与えたダメージが原作より大きかったので、もしかして杉元のこと撃っちゃうんじゃないかと心配しましたが、ここは原作通り撃ちませんでした。
しかし「今日はやめておこう」と言った時の表情と小指の立ち方は原作の2割増し。
今回は見逃してくれたけど、ここで買った恨みの代償は高くつきそうです・・・。
野田先生の「例のアレを序盤に出そう」のアレとは「まだら模様の金貨」のことですかね。
刺青人皮は確かに存在していますが、だからといって本当に金塊があるという保証はない。
実は私も原作を読んでいる時、金塊って本当にあるのかな?って思ってました。
お宝を探す旅に出て、結局「青い鳥パターン」とか「金塊ではない何か」だったってこと、昔はよくありましたのでね。
でもここで「まだら模様の金貨」を鶴見さんが見せてくれたことで、金塊あるかも、にぐっと傾いた気がします。
無事に第七師団を撒いてアシㇼパさんのストゥがさく裂するシーン、団子の串を刺された時は無言なのにアシㇼパさんの制裁には絶叫する、というのが私的には萌えポイントなんですが、映画では絶叫ってほどではなかったですね。
まぁこのあとすぐに過去編に入るので、流れ的にあんまり大きな声出さない方がいいか・・・。
賢人くんの佐一ちゃん、完璧でした。
干し柿を食べている姿もサラサラ佐一も原作から抜け出たよう。
戦争に行く前の杉元は、確かに素の賢人くんと印象が似ていました。
ここでまさかの梅ちゃんの存在をカミングアウト!
まぁ杉元が金塊がほしい理由をアシㇼパさんが知らないってのも不自然ですもんね・・・。
とはいえこの先には知らないから成立するシーンもあるわけで、そこらへん心配になっちゃったんですが、梅ちゃんの目を治すのはあくまで「寅次の約束を果たすため」であって、その後どうするつもりなのか、までは言及していないからなんとかなるか。
・・・いずれにしても、映画ではふたりの相棒関係が前面に押し出され、杉リパ要素は薄めになりそうな予感です。
私はとかく杉リパフィルタが発動しがちですが、恋愛感情でくっつかない相棒なふたりの関係もそれはそれでとても良いと思ってます。
実写映画では邪な妄想は封印し、原作遵守の関係を楽しもうと思います。
クチャでゴトリが桜鍋を囲むシーン。
映画を観ていて「自分もその場にいる」かのように思える瞬間が何度かありましたが、ここはそう思っていい、むしろそう思ってほしい、と作られた場面だったように思います。
杉元もアシㇼパさんも最初に登場した時とは打って変わって表情豊か。
ここまでたくさんのアイヌ文化について教えてくれたアシㇼパさんが、今度は「毛嫌いしていた見た目がオソマの見たことも聞いたこともない和人のソウルフード」を口にする。
ゴールデンカムイファンでなくとも、ここまで映画を観てきた人は、これがただ「アシㇼパさんがオソマを食べるおもしろシーン」というだけではないことがわかると思います。
原作の再現度の高さや役者さんの熱演が素晴らしいだけでなく、ゴールデンカムイという作品に対する理解とリスペクトと愛が感じられる128分。
最初から最後までゴールデンカムイの良さ満載の映画でした。
注目ポイントはまだまだたくさんあったのですが、記憶が曖昧なところもあるし、これ以上長くなるのもアレなんで自粛。
上記についても、もし記憶違いしてることがあったらすみません。
というか全体的にすみません。
(その後何度か映画を観たら「もし」どころか結構勘違いしてる箇所がありました。初見の印象を重視し特に修正はしてません。重ね重ねすみません。)
映画の最後にサブリミナル効果を狙ったかのごとく流れた新キャストは以下の通り。
辺見和雄:萩原聖人
二瓶鉄造:小澤征悦
家永:桜井ユキ
インカラマッちゃん:高橋メアリージュン
キロランケ:池内博之
辺見を萩原聖人さんが演ることにびっくり。
よく引き受けてくれましたね・・・。
二瓶鉄造は藤岡弘、さんじゃなかったですね。
でも小澤さんの二瓶鉄造も熱そうです。
家永は華奢な感じが桜井ユキさんピッタリです。
高橋メアリージュンさん、自分が男だったら翻弄されたい。
キロランケは誰がやるんだろうと思ってましたが、私は池内さん、キロちゃんっぽいなと思いました。
続編ありそうですが、映画だと毎回それなりのクライマックスを用意しないといけないからやっぱりドラマ時々映画って感じですかね。
網走監獄とか、樺太のゴールデンシャワーとか、節目節目が映画になりそう。
アニメは結構端折られちゃってるんで、実写では余すところなく見せてくれたら嬉しいです。
ところでのっぺらぼうが最後に発した一言を聞いて、ゴールデンカムイを読んだことがない方はどう思われたのでしょう。
私はできれば記憶を消してゴールデンカムイをもう一度最初から読みたいと思っているのですが、それは決して叶わぬ夢。
でも実写版ゴールデンカムイを観ていたら、初めてゴールデンカムイを読んだ時のドキドキを思い出しました。
やっぱりゴールデンカムイっておもしろい。
自分がゴールデンカムイを好きな理由がたくさん見つかる映画でした。
ゴールデンカムイのおかげで実写化のトラウマが克服できました。
数々のご無礼、お許しいただけると幸いです。